

昨今の自動車業界において、SDV(Software Defined Vehicle)という概念が急速に注目を集めています。SDVは単なる技術トレンドにとどまらず、クルマの在り方や関連する製造業全体に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。
特に、多くの製造業の企業が人手不足という課題に直面している現代において、SDVはエンジニアの職域変化や人材要件の変化を通じて、新たな人材活用やビジネスモデル転換を促す契機となり得るでしょう。
本記事では、SDVの基本概念から製造業へのポジティブな影響、克服すべき課題、そして人事担当者として取るべき対応策を解説します。
この記事でわかること
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SDVとは、「Software Defined Vehicle(ソフトウェア・ディファインド・ビークル)」の略称であり、直訳すると「ソフトウェア定義車両」という意味です。経済産業省はSDVについて「クラウドとの通信により、自動車の機能を継続的にアップデートすることで、運転機能の高度化など従来車にない新たな価値が実現可能な次世代の自動車 」であると定義しています。
自動車開発は従来、エンジンやシャシーといったハードウェアを中心に進められてきましたが、SDVの登場により、ソフトウェアが主軸となり、そのうえでハードウェアが選択・構成されるという構造の転換が進みつつあります。
SDVの大きな特徴は、ソフトウェアアップデートによって価値を向上させ続けられる点です。具体的には以下のような例を挙げられます。
つまり、自動車は購入後も進化し続けるデバイスへと変わるといえるのです。
自動車がSDVになることで、利便性や快適性が飛躍的に向上するだけでなく、自動運転技術の進化による安全性の向上も期待できます。OTA(Over The Air)と呼ばれるインターネット経由でのアップデート技術 を用いて、最新の安全機能やADAS(先進運転支援システム)などをダウンロードすれば、自動車を最新の状態に保てます。
SDVであれば、必要な機能だけを選択して購入したり、期間限定で機能をレンタルしたりなど、ユーザーのニーズに合わせた柔軟な利用形態が生まれるため、カスタマイズ性やコスト面でのメリットも大きいといえるでしょう。
SDVの登場によって、自動車メーカーやOEMといった自動車産業の中核企業だけでなく、部品供給や生産設備に関わる広範な製造業にもさまざまな影響が生じます。
特に注目が集まっているのが、ビジネスモデルの変革や製造プロセスの柔軟性向上、新たな部品需要の創出といったポジティブな側面です。SDVは、製造業が抱える課題解決の糸口となる可能性も秘めているといえるでしょう。
従来の製造業、特に自動車関連では、「売り切り型」のビジネスモデルが主流でした。しかし、SDVが登場したことでこの構造が根本から変わる可能性が出てきました。
SDVでは、車両出荷後もOTAを用いてソフトウェアのアップデートを行い、新たな機能を追加することや、既存機能を改善することができるようになります。販売して終わりではなく、ユーザーから継続的に収益を得る、いわばサブスクリプション型のような収益モデルが現実味を帯びてきました。
自動車のこのような変化は、製造現場にも大きな影響を与えます。これまでのように、単に高品質な製品を「作って終わり」ではなく、市場投入後もユーザーの声や利用データを分析し、それを反映させた保守やアップデートを継続的に行う開発スタイルへとシフトしていく必要が生じるのです 。製品ライフサイクル全体を通じてユーザーとの関係性を維持し、LTV(顧客生涯価値)を高めるビジネスモデルへの転換が求められているといえます。
SDVのアーキテクチャは、製造プロセスに対しても大きなメリットがあります。機能変更や性能向上の多くがソフトウェアのアップデートで対応可能になるため、従来必要だった物理的な部品の設計変更や、それに伴う金型修正、製造ラインの大幅な組み替えといった工程を削減できる可能性があるのです。
特に、ソフトウェアとハードウェアの分離が進むことで、それぞれの開発サイクルを最適化しやすくなる点は大きいといえます。
現場の負担が軽減されれば少量多品種生産によってユーザーの多様な要望に応えることができ、市場投入後に急な仕様変更があったとしてもソフトウェアのカスタマイズやアップデートで柔軟に対応しやすくなるでしょう。改善や変更の余地をソフトウェアに任せて物理的な変更を少なくすれば、製造ラインの段取り替え時間も短縮され、生産効率が上がりします。
SDVの普及は、新たな部品需要にもつながります。自動車に搭載されたさまざまな機能をソフトウェアで制御するためには、高性能な電子制御ユニット(ECU)や、それらを統合するSoC(System on a Chip) 、さらには周辺状況を把握するための各種センサー、そして外部と通信するための通信モジュールが不可欠です。
特に自動運転やADASの高度化、コネクティビティ機能の拡充は、電子部品の搭載数を大幅に増加させる要因となります。
これによって、関連する部品やテック市場に大きな変革がもたらされるはずです。従来の機械部品中心のサプライヤーに電子部品やソフトウェア関連技術への対応が求められる一方で、電子・ソフトウェア分野に強みを持つ企業が自動車産業に新たに参入する機会も増えるでしょう。
SDVには多くのメリットがある一方で、実現のために製造業が乗り越えなければならない課題も少なくありません。特に、ハードウェア中心のクルマづくりに最適化されてきた従来の組織やプロセスにとって、ソフトウェア中心の開発への移行は容易ではないのが現状です。
具体的には、人材・組織文化・セキュリティという、3つの大きな壁が立ちはだかっています。
SDVの開発には、従来の機械工学や電気工学の知識に加え、高度なソフトウェア開発能力が不可欠です。組み込みソフトウェアエンジニアはもちろん、クラウド技術やAI、データサイエンス、サイバーセキュリティといった分野の専門知識を持つ人材が求められます 。
しかし、製造業全体として、このような専門人材は慢性的に不足しています。IT人材は2030年には最大で約79万人不足するとの経済産業省の試算もあり 、特にAIやクラウドといった先端分野での人材確保は非常に難しいといえるでしょう。
製造業は、これまで機械系・電気系の技術者が中心的役割を担ってきたため、ソフトウェア分野の人材プールが相対的に小さいという構造的問題を抱えています 。このギャップを埋めるためには、育成プログラムやリスキリングなど、社内での取り組みを強化すると同時に、外部からの積極的な人材獲得も視野に入れる必要があります。
場合によっては、ソフトウェア人材が活躍しやすい専門部署の設立や、既存の組織構造の見直しといった大胆な組織再編も必要となるでしょう。
SDV ソフトウェア業界では、市場の変化やユーザーからのフィードバックに迅速に対応し、継続的なソフトウェアアップデートを通じて製品価値を向上させ続けるアジャイル開発や、DevOpsといった開発スタイルが主流です。
こうした開発スタイルは、ユーザーのニーズを素早く捉え、イノベーションを加速させるうえで有効だと考えられています。
しかし多くの製造業の現場には、設計から試作、検証、量産に至るまでのプロセスを厳密に計画し、その計画通りに実行することを重視する文化が根強く残っています。 こうした文化は品質に対する高い意識の表れである一方で、予期せぬ変更や手戻りに対する柔軟性に欠けるともいえます。
そこで、ソフトウェア開発とものづくりの間の文化と手法のギャップを埋めることが大きな課題となるのです。ある程度の失敗を許容し、現場主導での試行錯誤を奨励するような組織全体の意識改革が求められているといえるでしょう。
SDVは、OTAアップデートやコネクテッドカーサービス提供のため、常にインターネットに接続されることが前提です。インターネット接続によって利便性が飛躍的に高まる一方で、外部からのサイバー攻撃に対する脆弱性という新たなリスクも生じます。
特に車両の運転制御に関わるシステムや自動運転機能が攻撃対象となった場合、ユーザーが重大な事故に巻き込まれる恐れがあります。これを避けるため、製造業としては、製品の企画・設計段階からセキュリティ対策を組み込む「セキュリティ・バイ・デザイン」という考え方の徹底が必要です。
具体的には、ソフトウェアの脆弱性検証プロセスの強化、不正アクセスを検知・防御する仕組みの実装、暗号化技術の導入などが挙げられます。また、国連の自動車基準調和世界フォーラム(WP29)第193回会合(2024年6月)で改訂が採択されたサイバーセキュリティに関する法規(UN-R155)への対応も必須です 。これらを実現するためには、セキュリティ専門人材の配置や、全社的なセキュリティ教育の実施が非常に重要だといえます。
SDVの普及は、製造業におけるクルマづくりの在り方を根本から変えるものです。従来の部品組み立て中心のオペレーションから、ソフトウェア開発、ソフトウェア更新による保守運用、そしてITシステムとの連携といった要素がより重視されるようになるでしょう。
この大きな変革に対応し、サービスを中心としたSDVを実現するために、企業として、特に人事部門が中心となって取り組むべき重要な課題があります。
SDV時代に対応するためには、「ものづくりスキル」を持った人材だけでは不十分です。ソフトウェアエンジニアはもちろん、電気・電子工学、通信技術、クラウドコンピューティング、データ分析、AI、サイバーセキュリティなどのIT知識を持つ複数の人材の育成・確保が急務となります。
さらにいえば、単にソフトウェア部門を強化するだけでなく、ハードウェアとソフトウェアが融合した複雑なシステム全体を理解し、設計・開発できる人材が必要です。
これに対応するため、人事担当者には採用基準の見直しが求められます。従来の専門分野に加えて、新しい技術への適応力、学習意欲、コミュニケーション能力などを評価軸に加える必要があるでしょう。同時に、既存社員に対するリスキリングやアップスキリングの機会提供も不可欠です。
特に若手・中堅社員を対象に、ソフトウェア開発の基礎やデータ活用のスキル、アジャイル開発の手法などを学ぶ研修プログラムを整備し、中長期的な視点での人材育成計画を策定・実行することが大切です。
SDVの実現には、部門間の壁を取り払い、組織が一体となって取り組むことが不可欠です。特に、技術開発や製造の最前線で何が起きているのか、どのようなスキルや人材が求められているのかを人事部門が正確に把握することが、必要な人材を的確に採用するために極めて重要です 。
また、現場のニーズや変化をリアルタイムで理解することで、実効性のある教育研修プログラムの設計が可能になります。エンジニアリング部門や製造部門、人事部門が定期的に情報交換を行い、緊密に連携する体制を構築する必要があるでしょう。
SDVの開発はスピードが命なため、部門や役割を超えた迅速な協力体制が求められます。人事が現場の実情を理解し、必要な人材を適切なタイミングで供給したり、組織的な課題解決を支援したりすることで、開発・製造プロセスの効率化につながるのです。
SDVのような複雑で広範な技術領域を、一社だけの力でカバーすることは現実的ではありません。そこで、ソフトウェア開発企業、AI・セキュリティ専門のスタートアップ、大学や研究機関などが、それぞれが持つ強みを活かし、外部のパートナーと積極的に連携・協業していく必要があります。
自社にない技術やノウハウを外部から取り入れ、オープンイノベーションを推進することで開発スピードを上げれば、より価値の高いソリューションにつながります。
最近の例としては、 2024年8月に日産自動車株式会社と本田技研工業株式会社が締結した「次世代SDVプラットフォームの基礎的要素技術の共同研究契約」が挙げられます。この契約は、ソフトウェアの革新や自動運転、コネクティビティ、AIなどの技術分野における知見と人材リソースを統合することで、クルマの知能化に関する開発スピードを加速させ、競争力を強化することが狙いです。
こうした流れの中では、人事部門としても、外部との連携・共創を前提とした制度設計や運用を検討する必要があるでしょう。たとえば、以下のような組織の壁を越えたオープンな人材交流を促進する仕組みづくりが考えられます。
外部との接点は、社員が新しい知識やスキルを習得する絶好の機会となる点でもメリットだといえます。
SDVの影響は自動車業界を越え、製造業全体のビジネスモデル、開発プロセス、そして求められる人材像にまで影響を及ぼす、大きな変革だといえます。この変革には、継続的な収益モデルへの転換や製造プロセスの柔軟性向上といったポジティブな側面が多数あります。
ただし、ソフトウェア人材の深刻な不足、従来の組織文化とのギャップ、サイバーセキュリティリスクの高まりといった、乗り越えるべき課題が山積しているのも現状です。
これらの課題を解決し、SDVがもたらす機会を最大限に活かすためには、人事部門の役割が大きいといえるでしょう。具体的には、ソフトウェア人材の確保と育成に向けた戦略的な取り組みだけでなく、アジャイルな開発スタイルに適応する組織文化の醸成、そして全社的なセキュリティ意識の向上についても積極的に取り組む必要があります。
さらに、開発・製造現場との連携を強化することでニーズを的確に把握すること、また外部パートナーとの協業を促進するために人事制度を柔軟化することも、企業の競争力を左右する重要な要素となります。
経済産業省と国土交通省が2024年5月に策定した「モビリティDX戦略」では、2030年および2035年のSDVのグローバル販売台数において「日系シェア3割」という野心的な目標が掲げられています。 日本の製造業の国際競争力を高め、この大きな目標達成するには、人事部門が能動的に動き、経営層や現場と一体となって人材戦略を推進することがカギとなるでしょう。
人手不足という課題に直面する製造業にとって、SDVへの対応は単なるコスト増や負担増ではなく、むしろ既存の働き方や人材育成の在り方を見直し、より価値の高い仕事へとシフトさせる好機と捉えることもできます。ただし、現状のソフトウェア人材は限られており、確保は急務です。
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