

自動運転技術は、私たちの移動や社会の在り方を大きく変える可能性を秘めた技術として、世界中で研究開発が加速しています。自動車産業だけでなく、センサー、ソフトウェア、部品、通信インフラなどに関わる製造業にとっても、この技術動向は無視できない重要なテーマでしょう。
本記事では、自動運転の基本的な仕組みから、必要とされる技術、実現によって期待されること、そして乗り越えるべき課題、さらには世界での開発状況や製造業への影響について解説します。
この記事でわかること
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自動運転とは、車両に搭載されたセンサーやAI(人工知能)などの技術が人間の代わりに周囲の状況を把握・判断し、ハンドル操作や加減速を自動で行う仕組みのことです。
自動運転には段階があり、技術の成熟度を示す基準を米国自動車技術会(SAE International)が定めています。
そこでは国際的な基準によって、自動運転技術の成熟度が「レベル0」から「レベル5」までの6段階に分類されており、各レベルの定義や技術的な到達点について詳しく定義されています。
【参考】「自動運転のレベル分けについて」(国土交通省)
URL:https://www.mlit.go.jp/common/001226541.pdf
レベル0はまったく自動化されていない状態で、従来通りすべての運転操作をドライバーが行います。レベル1は「運転支援」段階で、アクセル操作や車線維持など単一の運転操作をシステムが支援します。
レベル2の「部分運転自動化」はこれらの組み合わせで、たとえば高速道路でのアクセル・ブレーキ・ハンドル操作はシステムが支援しますが、ドライバーが常に監視する必要があります。
自動運転の大きな転換点となるのが「レベル3」であり、特定の条件下においてシステムが運転の主導権を握る「条件付運転自動化」になります。この段階では、ドライバーは前方から目を離してもよいとされますが、システムから求められた場合には、すぐに運転を引き継がなくてはなりません。
次のレベル4は、限定された地域や道路においてシステムがすべての運転操作を担う「高度運転自動化」です。特定の条件下においては、緊急時もシステムが対応可能なため、ドライバーによる対応は不要となります。
そして最終段階であるレベル5は、場所や状況に関係なく、すべての運転をシステムが行う「完全運転自動化」です。
こうしたレベル分けは、自動運転技術の開発における明確な指標となり、各国の法整備や社会的な受け入れ基準の土台にもなっています。製造業は、各レベルに応じて必要とされる部品の性能や品質を維持し、場合によっては開発体制を変化させていく必要が生じるでしょう。
近年はレベル3の「条件付運転自動化」の実用化が始まっています。最終的には2030年~2040年頃を目安に、ドライバーが一切操作に関与せずに目的地まで移動できる完全自動運転の実用化が目指されており、実現すれば交通システムや社会全体に大きなインパクトをもたらすと期待されています。
自動運転車両を実現するには、人間の「認知」「判断」「操作」のプロセスをシステムが代わりに実行する必要があります。具体的には、以下の一連の処理が毎秒何十回もリアルタイムで行われることになります。
これを実現するためには以下のようなさまざまな基盤技術が不可欠です。
車両にとっての「目」や「耳」にあたるのが認知技術で、周囲の車両や歩行者、信号、標識などを検出・認識します。カメラやミリ波レーダー、レーザー光を用いたLiDAR(ライダー)などの複数センサーから得た情報をAIが解析し、対象物を特定します。
この技術は、自動運転の安全性を支える基本中の基本となるものです。なぜなら、周囲の状況を正確に認識できなければ、適切な判断や操作を行えないためです。万が一の事故を防ぐため、悪天候や突発的な障害物にも対応できる高い認識精度が求められます。
位置特定技術は、車両の現在位置を高精度で把握するための技術です。一般的なGPSは数メートルの誤差が生じるため、自動運転には不十分です。
そこで、日本版GPSとも呼ばれる「みちびき」などの高精度衛星測位システムやIMU(慣性計測装置)、高精度3D地図(HDマップ)などを組み合わせることで、数センチ単位での位置把握が可能になります。これにより、車線内での正確な走行や複雑な交差点でのスムーズな運転が実現します。
認知技術や位置特定技術から得られた情報をもとに、AIが交通ルールや周囲の状況を踏まえて最適な行動(加減速や車線変更など)を決定する、いわば自動運転の「頭脳」にあたる部分が判断技術です。
たとえば、前方車両の動きを察知して減速したり、安全な車間距離を保ったりします。状況に応じた柔軟な対応が求められるほか、事故が避けられない状況に陥った場合にどのような倫理的判断を行うかも重要なテーマです。
AIの判断結果に基づいて、アクセルやブレーキ、ステアリングなどを正確に行う制御技術も必要です。「時速50kmまで加速する」「ステアリングを5度右に切る」といった指令を、車両のアクチュエーターに伝えて実行させます。
急な加減速やハンドル操作を避け、なめらかで安定した走行を実現できれば、乗員の快適性を保ちつつ安全性も高まります。
通信技術とは、車両が外部と情報をやり取りする「V2X(Vehicle-to-Everything)」技術のことを指します。車両同士(V2V)、インフラ(V2I)、歩行者(V2P)、ネットワーク(V2N)との通信を通じて、センサーでは把握できない情報も取得できるようになります。
この技術を活用することで、交差点の死角から接近する車両や前方で発生した事故の情報を受信したり、リアルタイムで地図を更新したりできます。特にレベル4以上の自動運転には、5Gなどによる高速・低遅延・高信頼の通信環境が不可欠です。
自動運転技術は単に運転の手間を省くだけでなく、社会全体に多くのメリットをもたらす可能性があります。交通事故削減から移動の自由度向上まで、期待される主なメリットを見ていきましょう。
交通事故の多くは、人間の不注意によるものとされています。実際に、統計では交通事故の約8割がヒューマンエラーによるものと示されています。また、内閣府の令和6年版「交通安全白書」によると、令和5年の交通死亡事故の約半数が「安全運転義務違反」によるものでした。脇見運転や判断ミス、操作ミス、居眠りなど、人間のちょっとした油断が事故を引き起こしているのです。
一方の自動運転システムは、センサーとAIによって常に周囲を監視し、疲れや感情に左右されることなく、冷静かつ的確に判断・操作を行います。そのため、ヒューマンエラーによる事故を大幅に減らす効果が期待されているのです。交通の安全性向上や人命・財産の損失防止にもつながるでしょう。
【参考】「令和6年 交通安全白書」(内閣府)
URL:https://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/r06kou_haku/zenbun/genkyo/h1/h1b1s1_2.html
現状では、運転免許を持たない人や高齢者、身体に障がいのある人にとって、自動車の利用は簡単ではありません。しかし、レベル4以上の自動運転が普及すれば、運転手がいなくても目的地まで安全に移動できるようになります。
その結果、外出に制限のあった人たちの行動範囲が広がり、社会参加の機会も増加すると考えられています。結果として、多くの人の日常生活の質そのものも向上していくでしょう。
自動運転車は、ほかの車両やインフラと通信することで、より効率的に走行できるようになります。たとえば、リアルタイムの交通状況や信号が切り替わるタイミングに基づいて最適なルートを選んだり、複数台の車が連なって走る「車群走行(プラトーニング )」によって空気抵抗を減らしたりすることも可能です。
また、AIが無駄のない加減速を行うことで、渋滞の緩和や燃費向上にもつながるでしょう。特に都市部では、移動時間の短縮や環境負荷の軽減といった社会的なメリットも期待されます。
物流や公共交通の現場では、ドライバー不足が深刻な問題となっています。そこで、自動運転技術、特にレベル4以上の導入が進めば、トラックやバス、タクシーの無人運行が実現可能になり、人手不足の解消に大きく貢献すると考えられています。
さらに、長距離輸送の自動化も進めば、運行コストの削減やサービスの拡充も見込まれるでしょう。24時間体制での運行も可能となり、社会インフラの強化にもつながります。
自動運転によって運転そのものから解放されれば、ドライバーの負担が大きく軽減されます。特に渋滞時や長距離ドライブなど、疲れやストレスがたまりやすい場面では自動運転によるメリットが顕著です。また、完全自動運転のレベルになれば、移動時間を読書や仕事、映画鑑賞、仮眠など、自分の好きなことに使えるようになります。
移動がただの手段ではなく、快適な「移動空間」や「モバイルオフィス」へと進化する可能性も広がっているのです。
多くのメリットがあることから期待が高まる自動運転技術ですが、実現・普及までにはさまざまな技術的・社会的課題が存在します。これらのハードルを理解し、対策を進めることが重要です。
現在の自動運転技術では、想定外の事態にはまだ対応しきれません。道路上の落下物や突然現れる歩行者、複雑な交差点、さらには豪雨・豪雪・濃霧といった悪天候下では、センサーの精度が低下することがあるためです。
また、システムの誤作動やハッキングといったソフト面でのリスクも無視できません。人間であれば経験や直感で対処できるような場面でも、AIにとっては想定外の事象として的確な判断ができない可能性があるのです。人命を預かるシステムである以上、自動運転にはどんな状況でも安全に対応できる信頼性が求められますが、それを実現するには極めて高度な技術的ハードルがあります。
自動運転を実現するには、高性能カメラやミリ波レーダー、LiDARなどの多数のセンサーに加え、高性能な演算装置や複雑な情報を処理するソフトウェアが必要です。特にLiDARの価格が普及の足かせになっているといわれています。
こうした高価な機器は、車両の製造コストが大幅に増加する要因となり、車両価格そのものも高額になります。コスト削減の取り組みも進められていますが、課題は依然として多く、メンテナンスやソフトウェアの更新など、購入後にも継続的な費用がかかる点も無視できません。
自動運転技術の進化に対して、法律や制度の整備は遅れ気味です。特にレベル3以上の自動運転においては、事故が起きた際の責任の所在が明らかになっていません。ドライバー、車両の所有者、メーカー、ソフトウェア開発者などの関係者だけでなく、外部からのハッキングなども事故の原因になり得るため、明確なルール作りが喫緊の課題となっています。
加えて、各国・各地域で法規や安全基準が異なることから、国際的な整合性の確保も求められています。自動運転ラボによると、各国で制度整備が進められてはいるものの、主導権争いもあり、足並みが揃っていないのが現状です。
レベル4やレベル5が実用化され自動運転が普及すると、トラックドライバーやバス・タクシーの運転手といった職業の需要が減少する可能性があります。物流や交通の効率化というメリットの裏側で、既存の雇用が失われるリスクも抱えているのです。
自動運転に関わる開発や製造、メンテナンス、データ分析といった新たな分野での雇用創出は見込まれますが、失われた雇用をすべてカバーできるとは限りません。ドライバーのスキル転換や社会的支援策の整備も不可欠であり、こうした技術革新に産業全体としてどう適応していくかが、今後の大きな課題となるでしょう。
自動運転技術の開発は世界中で急速に進んでおり、自動車メーカーをはじめ、部品サプライヤーやIT企業が熾烈な競争を繰り広げています。以下に、主な国や地域の取り組みを紹介します。
日本では、レベル2の運転支援がすでに多くの市販車に搭載されており、レベル3の実用化にもいち早く取り組んでいます。たとえば本田技研工業株式会社(Honda)は2021年3月に「トラフィックジャムパイロット」を搭載したレベル3対応車「LEGEND(レジェンド)」を発売。 渋滞時などの特定条件下で、ドライバーが前方から目を離せる機能を実現しました。経済産業省 および国土交通省も「RoAD to the L4」プロジェクト を推進し、2025年度までに限定地域での無人運転サービスの実現を目指しています。
アメリカでは、Google系企業やGM傘下企業がレベル4の自動運転タクシー(ロボタクシー)の開発を積極的に進めており、一部都市ではすでに実証運用が始まっています。ただし、州ごとに規制が異なるため、進捗には地域差があります。また、ほかのメーカーもカメラベースの運転支援システムを提供していますが、こちらはレベル2に分類されています。
中国は国家戦略として自動運転の開発を推進しており、主要都市ではロボタクシーや自動運転バスの実証や商用運用が進んでいます。5G通信やV2Xインフラとの連携も進み、スマートシティとの一体化によって技術と社会実装の両面で急成長を遂げています。大規模な走行データの収集能力も、AI開発における優位性の一つです。
欧州では、ドイツが法整備で先行しています。まず、2017年にレベル3に対応する改正道路交通法を施行しました。その後、2021年にはレベル4を認める改正案を閣議決定し、2022年に議会で承認されました。 各国の自動車メーカーも産学官の連携のもと、安全性や標準化に取り組んでいます。
このように2025年現時点では、レベル4以上の自動運転は主に限られた地域・条件下での運用にとどまっており、グローバルな普及には時間を要すると見られています。さらに、今後の課題としては、技術開発に加えて、安全評価基準の整備、法制度の統一、社会的受容の向上が挙げられます。
自動運転技術の進化は、自動車業界にとどまらず、製造業全体に大きなインパクトを与えつつあります。今後の10〜20年で起こる変化を見ていきましょう。
2030年〜2040年頃には、物流・配送・タクシー・ライドシェア・公共交通といった商用分野を中心に、レベル4・5の導入が進むと予測されています。これらの分野への導入には、人件費削減や効率化といった明確な経済的メリットがあるためです。個人レベルでの普及は、コストや法整備、インフラ整備の進展に左右されるため、やや遅れる可能性があります。
自動運転関連市場は、自動車製造に限らず、通信や半導体、ソフトウェア、センサー、地図データ、サイバーセキュリティなど、多分野での成長が見込まれています。これに伴い、AIエンジニアやデータサイエンティスト、ソフトウェア開発者、ロボティクス技術者、センサー技術者、セキュリティ専門家といった専門人材の需要が急増するでしょう。
さらに、自動車メーカーや部品メーカーは、単なる製品の販売の「モノ売り」から、移動体験やデータ活用といったサービス提供型の「コト売り」へのビジネスモデル転換が求められる可能性があります。自動運転ソフトのライセンス提供やサブスク型モビリティサービス、走行データの分析・活用などが、新たな収益源となるでしょう。
こうした変化に対応するためには、ソフトウェア開発体制の強化が不可欠です。また、高性能カメラ、ミリ波レーダー、LiDAR、通信モジュール、演算ユニットなどの必須部品の安定供給体制も重要であり、製造業全体で機動的に対応していけるかどうかが今後の競争力を左右するといえます。
自動運転技術は、製造業における大きなイノベーションの波となっています。特に、人手不足に悩む企業にとっては、生産性の向上やコスト削減、新規事業創出のチャンスとなるでしょう。
こうした変革を現実のものとするためには、高度な専門人材の確保がカギとなります。AIエンジニアやデータサイエンティスト、ソフトウェア開発者、ロボティクス技術者、セキュリティ人材など、プロフェッショナルが必要な分野は多岐にわたります。とはいえ、こうした人材は他業界でも引く手あまたであり、獲得競争が激化しているのが現状です。
製造業がこの潮流を生かし、持続的に成長していくには、戦略的な人材育成と確保が欠かせません。社内教育の強化、大学・研究機関との連携、中途採用の活用など、多面的なアプローチが求められます。自動運転関連市場への参入や人材確保に悩む企業は、外部の知見やネットワークを活用するのもひとつです。技術系人材の紹介に強いサービスを活用すれば、自社だけでは出会えなかった優秀な人材とつながることもできます。
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